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『広岡浅子 語録』

1月26日(火) sun

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地域の男女共同参画センターで借りて読んだ。
父が亡くなる前に読了していたが、葬儀やらなにやらでほったらかし。明日、返しに行くので、急いでメモする。

菊地 秀一 著、宝島社 (2015/9/5)

当時の写真や資料を豊富使いながら、「語録」というスタイルで、広岡浅子の人生を紹介。

内容】九州の炭鉱開発、門司税関の開設、銀行の経営、大同生命保険の創業、日本女子大学校の創立、大阪YWCAの創立などに尽力し、そして若き日の村岡花子市川房枝に薫陶を与えた広岡浅子。
女性の権利が確立されていない明治期に実業の世界で成功するとともに、女性の権利・地位向上のために尽力した「九転十起」の人生が記されているく。

◆TVドラマと違っている点や印象深かった点をメモ。
*浅子は、三井十一家の出。戦国時代、近江で六角氏に仕えていた三井越後守高安(三井家の遠祖)は信長に滅ぼされて松坂近在に逃れる。その息子、高俊が松坂で商いを始め、そのまた息子、高利が江戸に移って「三井越後屋呉服店」で成功。
*高利は、一族を十一家に分け、三井家の事業の一元化を図る。
*浅子は、京都の三井家(後の小石川三井家)の四女。庶子で、父が既に50歳であったため、年上の義兄(父の養子)の妹として入籍される。 その2年前に、浅子とはまた母の違う庶子、が入籍されている。当主である義兄の息子 高影 は、浅子より1歳下の甥。TVでは普通の3姉弟として描かれる春・浅子・高影は、出自が違うけれど、一緒に育った訳だ。
*父は、浅子が10歳の時に没する。

*学問を禁じられ、結婚相手を決められていることについて、浅子は大きな不満を抱いていた。

*甥の三井高影に敷地を提供してもらうなど、日本女子大学校の創立に貢献するも、女性が公職に就くことは認められなかったため、創立委員名簿に浅子の名はない。会社の経営者も、夫の名前。女性は選挙権もなく、政治活動も禁じられていた時代だった。

*浅子は娘「亀子」を産むが、実家から連れてきたお手伝い「小藤」がその7年後から立て続けに3人の娘と1人の息子を産んでいる。

*浅子は、晩年、キリスト教に入信。男尊女卑 の不条理や 一夫多妻 の現実を変えるため、伝道活動を行った。男女が対等に存在できる家庭を望んでいた。

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