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中野京子が語る 橋をめぐる物語

11月6日(金) sun

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中野 京子 著、河出書房新社 (2014/3/12)

生活クラブの推薦文を読んで、購入。
北海道新聞の夕刊、月1の連載コラムだそうで(筆者は北海道出身なので、その繫がりか)。
橋自体の建設のエピソード(設計者のドラマティックな運命)から、その橋で起きた歴史的事件、物語に描かれた橋など、想像力がかき立てられる幅広いお話は、どれも面白かった shine

特に印象に残った話をメモする。

◆ブルックリン橋・・・1869年に設計図を完成させたジョン・ローブリングは、事故死。手伝っていた息子ワシントンがあとを継ぐが、事故で下半身不随となる。その妻エミリーは独学で数学と橋梁学を身につけ、夫の指示を理解して現場で監督して工事を完了させた。まだ女性の社会進出が阻まれていたこの時代、女人禁制の土木現場で、だ flair

◆犬の飛び込み橋・・・スコットランド 「オーヴァートン橋」は、猟犬の自殺橋として有名。橋の欄干を飛び越え、13メートル下にたたきつけられて命を落としている。半世紀ほどの間に50頭以上も。そのうちの数頭は、一度落ちて無事だったのに、再び橋にもどって再度自死したという。原因の解明が行われたが…高層マンションに住む著者の友人は、愛犬がベランダの柵をくぐり抜けて落下した。

◆鳴門ドイツ橋・・・第一次世界大戦中、中国青島から約5千人のドイツ人捕虜を連れ帰り、そのうちの千人を鳴門市の大麻比古(おおあさひこ)神社近くの坂東俘虜収容所に収容。人道的な扱いで、町の住人と文化的な交流もあった。第九の合唱付き全曲演奏をアジアで初めて聴いたのも、鳴門の人々。
そんな中で、神社の木造の橋が壊れたのを、ドイツ人俘虜達が自主的に石で作ってくれたという。そして、戦後は150人以上の捕虜が留まり、ユーハイムやローマイヤが誕生したんだって flair

◆行きどまりの断橋・・・ 「サン・ベネゼ橋」(アヴィニョン橋)は、戦乱や洪水で壊れて、17世紀後半から建て替えもせず、撤去もされずにある。石の空積みは復元が難しく、時代が下ると橋幅が狭くてニーズに合わなくなったため。
橋の役目をなさないが、世界的によく知られている歌で有名なので、有料で観光客が来るのだという coldsweats01

◆アントワネットは渡れない・・・フランス、ベルギーの国境に近いひなびた町、ヴァレンヌ=アン=アルゴンヌにある「ヴァレンヌ橋」は、マリー・アントワネット一家が亡命に失敗して渡れなかった橋。フェルゼンの手引きでやってきたルイ16世一家は、油断と傲慢さが災いして、計画から5時間遅れでこの町に着いたため、護衛兵とも落ち合えず、捕えられた。
フランス革命が起きた時点で、国民の大多数は王と革命を両立可能と考えており、イギリスのような立憲君主制へのゆるやかな移行もあり得たが、ルイ16世夫妻は、絶対君主制を手放すのを拒んだという。

◆金門橋・・・サンフランシスコの「ゴールデン・ゲート・ブリッジ」では、1937年の開通以来、既に1,300人以上の投身死が確認されている。2006年、この川岸に極秘で望遠カメラを固定して1年間撮影してドキュメンタリー映画が作られた。自殺者の遺族や友人知人へのインタビュー入り。この顛末が語られる。

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