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2015年4月の記事

映画『ラスト・サマー』

4月29日(祝水) sun

今年も、ゴールデンウイークは、「イタリア映画祭2015」へ。今日から5月5日まで、日本未公開の最新のイタリア映画を東京(有楽町朝日ホール、有楽町マリオン11階)で14本、大阪で7本上映する企画。第1回目の上映では、監督や主演者のトークがあるのも、楽しみ shine

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2014年/94分] 原題:Last Summer
監督:レオナルド・グエッラ・セラーニョリ Leonardo Guerra Seràgnoli
主演:菊池 凛子


【内容】親権を失った母とその息子が過ごす最後の4日間を静かなタッチで描いたドラマ。南イタリアの洋上に浮かぶヨットに、日本人のナオミが乗り込んでくる。英国人の元夫に親権を奪われて長年会うことが出来なかった6歳の息子、ケンとの最後の別れが許されたからだ。乗組員たちの目が厳しい中で、ナオミはケンとつながろうとするが、思い通りには進まない。

*吉本ばななが脚本に協力している本作は、ローマ国際映画祭で上映された。
*監督は、1980年、ローマ生まれ。バークリー大学卒、ロンドンに住んで活動している。長編デビュー作を作るにあたっては、イタリア、日本、英国、オランダ、オーストリアなど国際色豊かなキャスト・スタッフで臨んだ。基本的に英語、菊池 凛子が息子に日本語で話すことも。

息子、ケン(けんたろう)役は、日英のハーフ。クリクリの巻き毛に、たれ目でカワユイ happy01
菊池 凛子は、息子と一緒に暮らせなくて眠れない…追い詰められた母親役。自分の感情を持て余してエキセントリックな演技に共感をもてず困ったが、そのうち、息子への思いが届いていき、和解していく。

*上映前に、監督の挨拶。長身で細身、いい男だ lovely
*上映後に監督&主演のトーク。フェラガモの宣伝を兼ねて、菊池 凛子は玄人好み?のフェラガモのドレス・靴で登場。監督は、貧乏ゆすりしながら、通訳泣かせの長ーいトーク coldsweats02

誕生日

4月28日(火) sun

今日は、ギャラリーの搬入日。自転車で地域の男女共同参画センターへ。
真夏日だもの、半袖のブラウスを引っ張り出して、サングラスをかけてと。

ポスター原稿を拡大カラーコピーしてA1にして9枚。これをタイトルやら説明やらと一緒に壁一面に展示する。イベントの参画団体の掲示物もバランスよく配し、団体名を付けていく。

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今日、夫と次男は仲良くゴルフへ行っていた。
うちでただ一人、気が利く次男は、私の好きな真紅の薔薇の花束を lovely
夫には、「誕生日なんだから、皿は洗っといてね」と。

箱根2日目

4月27日(月) sun

今日は夏日だって!(聞いてないぞ…sweat01

区議会議員選挙の結果が気になった(お世話になっている区議さん達、どうなったかしら )が、TVでは、東京の話題のトップは、世田谷区の区長選。区民から舞台裏の事情を聞いているので、上っ面だけの報道にイラッ coldsweats01

Photo_3さて…、箱根湯本駅から目的地の「ポーラ美術館」まで、何と…直通バスが出ていた(ネットで調べて分かった)!強羅駅で登山鉄道から施設巡りバスに乗り換え不要なので、とーっても便利(「箱根フリーパス」で乗れる)。日々、進化しているね。
朝早いのに、バス乗り場には「アウトレット行き」に乗る外国人観光客が列をなしていた。

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セザンヌ展や常設展をゆったり鑑賞。

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ティールームは、壁一面が窓で、本当に気持ちがいい場所。森の中に居る幸せをかみしめながら、ハーブティーをいただく。

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直通バスで時間に余裕ができたこともあり、美術館後方に広がる森の遊歩道へ。
彫刻が何気なく置いてあったりし、気持ちよかった
lovely

箱根

4月26日(日) sun

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夜、横になると咳が止まらず、3回目の病院。
「まだ治らないんですか?」と、医者。最初に「軽い風邪です」なんて言ってたのに、なんでまで治らないの?」と、こっちが聞きたいよ sad
とうとう、喘息で使うのを処方された。1回開けるごとに、数字が減っていく、便利な粉吸入器 flair

さて、そうこうしているうちに…今年も子ども劇場のサークル仲間との箱根旅行の日。期日前投票をしていったよ wink
昨年は4月上旬に来たが、吹雪いて大荒れだった。今年はすこぶる良い天気。登山鉄道は、外国人観光客でいっぱい sign01 日本の若い人はあまり箱根に来ないけど、日本の観光地としては、団体でも個人でも、老若男女に人気があるのね。

「箱根彫刻の森美術館」とか…森林浴は、と~ってもいい気持ち!

Photo箱根湯本駅前では、かごせい(籠屋清次郎)の店先で、揚げたてのさつま揚げに串を刺して食べている人が大勢いて、私たちも真似をした delicious ベンチもあるので、ついつい…。私はゴボウ、友人達はイワシや玉ねぎ。明日は、夕飯に買っていこう lovely

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宿は、「部屋食」「露天風呂」で検索した宿。
格式ある旅館のようだが…人手が少ないみたいで(満室だって!)、チェックインしたら、自分で荷物をもって部屋へ(ビジネスホテルみたい coldsweats01 4時にチェックインしたのに「混んでるから」と、夕飯を7時にされて、手持ち無沙汰 despair が、川に面した部屋で、窓の外には山の緑、聞こえるのはせせらぎの音のみ。あ~、気持ちいい shine
beer 生ビールと地酒で、美味しく夕飯をいただく。

夜は、吸入器のおかげで?咳込むこともなく、無事に sleepy

映画『サラの鍵』

4月24日(金) sun cloud

風邪がまだ治らない。一昨日、出なくなった声は、低音域のみ回復 sweat01 横になると咳が出るので、夜が辛い。

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スカパーで見て、衝撃を受けた作品。2006年に出版された300万部を超えるベストセラーを映画化したものだそうだ。

原作:タチアナ・ド・ロネ、監督:ジル・パケ=ブレネール
出演:クリスティン・スコット・トーマス、メリュジーヌ・マヤンス、エイダン・クイン
フランス、2010年、173分

【内容】夫と娘とパリで暮らす45歳のアメリカ人女性記者、ジュリアは、取材の途上で衝撃的な事実を知る。夫の祖父母から譲り受けたアパートのかつての住人は、1942年「パリのユダヤ人迫害事件」で、アウシュビッツに送られたユダヤ人家族だったのだ。
主人公は、収容所から逃げ出したその一家の長女、10歳の少女サラの行方を辿っていく。サラは、弟を納戸に隠して、鍵をかけた。すぐに戻れると信じて。善良な農家の夫婦に匿われ、必死でパリに戻ってみると、他人(主人公の義祖父家族)が既に住んでおり、空けた納戸には、弟の死体が…。
義祖父は、この(納戸に死体があった)事実を外出していた妻にも知らせなかった。住んでいて、気味悪いからか…。

「ユダヤ人から不当に取り上げた家に住んでいたことを知っていた?」と義父に問いただす主人公。「そう言えば…」と義父は父親の遺品を思い出す。その中の手紙を読むと、その後農家の夫婦のもとで育てられたサラに、(家族に内緒で)「家賃」がわりの送金を続けていたことが分かる。
サラはどうなったのか?成長し、ある日、無言でそこを出て、アメリカへ。ジャーナリストの血がそうさせるのか…調査は止まらない dash
探し出したサラの息子(50歳)はイタリアに住んでいて、母親がユダヤ人であることさえ知らなかった。サラはうつ病で自死しており(あれだけのことを抱えて生きるのは、そりゃぁ、辛いよね)。そして、夫は妻の悲惨な身の上を息子に話していなかった。封印したかったんだろうが、息子にしてみれば、自分のルーツと事実は知った方がいい。

これらは、主人公の高齢妊娠の話が並行して語られる。夫に反対されても出産し、彼女は、生まれた娘に「サラ」と名付ける。サラの息子はこのことについて「ありがとう」と weep
この「サラ」には幸せになってほしい。心底、そう思った。
この夫、妻が自分の家のことを調べるのにも怒る。「自分が育った大切な家なのに(負の歴史を掘り返して汚したみたいな)」と。でも、他人の不幸を土台にした幸せって、どうよ?

映画『アルバート氏の人生』

4月18日(土) sun

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地域の男女共同参画センター主催の上映会。風邪をひいて寝てるのに、どうしても外せない用事があり、無理して外出 despair その流れで観た。素晴らしい作品だった shine

原題:Albert Nobbs、2011年、113分、アイルランド  監督ロドリゴ・ガルシア 、グレン・クローズ、ミア・ワシコウスカ、ジャネット・マクティア、アーロン・テイラー=ジョンソン 他

【内容】独身の女性が自立して生きることがまだ許されていなかった19世紀アイルランドのダブリン。孤児となり、性暴力被害を受けた主人公は、ホテルで「アルバート」として生きる道を選んだ。しかし、ある日、ペンキ屋のヒューバートに女性であることを知られ、この世の終わりかと思うほどに取り乱す。
だが、何と…彼も、酒乱のDV夫から逃れて「男」を装い生きていた。そして、女性と「夫婦」として暮らしていた。アルバートも、同じ職場のメイドと共に暮らす夢を見るようになるが、その恋人に死に追いやられることとなる。

コツコツ地道にお金を貯め込んで、煙草店をもつという夢を目前にして果てた主人公が、あまりに気の毒 weep 恋した女が悪かった。すぐに男に騙されるような浅はかな女で、そいつは、身重の恋人を置いて、トンずら。そして、呆れたことに…ホテルのオーナーは、素知らぬ振りをして主人公のお金を懐に入れる。

最後は、希望が見えて終わったことに、安堵。流行病で妻を亡くしたヒューバートが、赤ん坊付きのメイドを引き取ろうと救いの手を差しのべる。未婚で子どもを産んだ女は、職を失い、子どもは乳児院行きだという。ひどい差別だ bearing

主役のグレン・クローズは、1980年代にこの役をオフブロードウェイで演じた。30年かけて資金を集めて製作を成し遂げた作品だそうだ。この映画で、主演のほか、製作、脚本も務めている。

「ねっとわーくまつり」

4月17日 (金)sun

帰宅したら具合が悪くなり…病院へ。風邪をひいてしまって、伏せっている。ずっと寝ているので、腰も痛い。
今日は大学のクラスメート(同じ学科の27人)の懇親会があり、30ん年ぶりに会う人達がいるので楽しみにしていたのに、キャンセル。足元もおぼつかないのに、出かけるなんて無理だもの despair

何年かに一度くらいしか病院に行く必要がなかったのに、この1年で3回も! 風邪をひきやすくなった?加齢か?

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さて、統一地方選挙の影響で5月になった「ねっとわーくまつり」。
皆さま、是非おいで下さい
shine


鎌崎温泉

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蔵王チーズ工場を目指して、出発。
いろは坂のようなクネクネした細い道をしばらく上って行くの。チーズドリンク(牛乳を乳酸菌で発酵させてできた乳清(ホエイ)を取り出して作った乳飲料)を1杯 50円!飲んで、美味しそうなチーズを買って…鎌崎温泉の宿へ。

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spa ここは、5軒しかない小規模な温泉街。
ネットで、1日1組限定のお値打ちコースを予約したの wink

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部屋食で露天風呂とワンドリンクサービス(生ビールにした)ありで、極楽極楽 lovely

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白石観光~その2~

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その後、家臣の茅葺屋根の武家屋敷も見学。「共通券」600円で、全て見学できた wink

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そして、「スパッシュランドしろいし」で1㎞近く泳いだ。ほぼ1年半ぶりに泳いだので、ヒーハー sweat01
平日の昼だし、4コースに一人ずつの客。経営、大丈夫なの!?と、ちょっと心配 coldsweats01 ずーっと続いてほしいしね。

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昼食は、お気に入りの回転寿司店で、またお寿司(しつこい?)。回転寿司なのに、殆ど何も回っておらず…注文し放題。


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アワビや生ホッキなど、美味しかった smile ここの味噌汁は、あら汁とエビ汁。無料で長ネギが入れ放題 good

白石観光

4月14日(火) cloud rain

父は、私も夫も判別できなかった。日曜に遊びにきた長男親子の写真を見せても分からず…単純に、曽孫を「可愛いね~」。

1504さて、これは片倉小十郎の居城だった白石城。
震災後の修復が終わったので、この機会にと、再訪。

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こちらも「白石桜まつり」の最中で、天守閣から四方ぐるーっと眺めると、桜が満開で、本当に美しい shine

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隣接する歴史資料館では、来年の大河ドラマ「真田丸」に因んだ3Dシアター(約30分)を観た。

【内容】大坂夏の陣の際、大坂方の真田幸村は、伊達政宗家臣の片倉重長(2代目小十郎)に女児、阿梅(おうめ)を託し、戦死。重長は、密かに彼女を連れ帰る。
阿梅は奥方の死後、後妻となり、彼女の妹と弟姉の元に身を寄せた。弟は、伊達家の家臣になった。

初めて聞いた話だわ… flair
案内役は渡辺謙、小十郎役は、宍戸 錠。お二人共に若いのは、昔の作品?でも、3D効果もあり、予想を大きく上回る素晴らしい「時代劇」に、夫婦で感銘を受けた shine

幸村の敵方の将が阿梅を連れ出したことも含め、幸村って人望があったのかな?そして、
まだ少女の娘を敵方に送り込む際に「真田の血を残してほしい」と言い聞かせた幸村は、「子を死なせたくない」と思う親の気持ちもあるのだろうし、説得力があった。

帰省中

4月13日(月) cloud rain


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花見がてら、父の様子を見に帰省。夫も一緒。
城址公園で花見をし、展望台から土手の「一目千本桜」を眺めて。

先月、両者を結ぶ橋が完成! 土手に下りて、桜のトンネルを歩いた。満開の桜に、夫婦でウットリ…。 隣を走るのは、東北本線。

Susi
夜は、義姉が用意してくれた煮物やサラダ+お寿司。
私はウニとトロが苦手なので、蟹・海老・貝を主に食べて。

兄が、今日は珍しく加わった(実は…ん十年ぶり)。愛しの飼い猫「チビ太」が成長し、最近遊んでくれなくて、寂しいのか?

Sake

そしてお酒。夫には大吟醸、私には純米酒を用意してもらい、大満足 delicious

劇団チョコレートケーキ『追憶のアリラン』

4月12日(日) sun

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子ども劇場の例会(連続公演のうちの1ステージを席買い)
東京芸術劇場 シアターイーストにて、19~21:00

脚本:古川健、演出:日澤雄介
出演:浅井伸治、岡本篤、西尾友樹(以上、劇団チョコレートケーキ)、月影瞳、佐藤誓、 辻親八、大内厚雄(演劇集団キャラメルボックス)、永井若葉(ハイバイ)、 青木シシャモ(タテヨコ企画)、菊池豪、佐瀬弘幸(SASENCOMMUN)、
渡邊りょう(悪い芝居)

素晴らしい舞台だった weep
死を覚悟で行動する人々の生き方に、感動。

【内容】太平洋戦争終戦間近の平壌。ロシアの侵攻を前に、威張りくさっていた軍隊が逃げた後、公務員としての責任を果たそうとした日本人検察官たちが裁かれる。朝鮮が独立を勝ち取るかと思いきや、ロシアの意向で動いていく裁判に暗然とする。作者の古川健が、亡き祖父の経験を元に、二つの民族の隔たりと絆とを描いたそうだ。

2000年結成の若い劇団。戦争を新鮮な切り口で描いてくれたことが、嬉しい。観客も若い人が多いだろうしね。

事前のバックステージツアーでは、演出家と舞台監督のステージ解説があり、面白かった。身長182センチ以上あると、セットに頭がつっかえるの。186センチある若手検察官役が常に頭を下に向けて歩いていた coldsweats01

『古代の女性官僚~女官の出世・結婚・引退~』

4月7日(火) cloud rain

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伊集院 葉子 著、歴史文化ライブラリー(2014/11/20)

男女共同参画センターで借りた本。
目新しいこといっぱい!だが…資料を淡々と紹介してあるので、読みにくい(ワクワクしながらは、読めない coldsweats01

古代の女官たちの選抜や仕事の種類、出世、給料、結婚、引退などの資料を並べ、「後宮でお妃さまにお仕えする」「天皇の側室候補」ではなく、官僚として男性と共に働いていた事実を示す。
日本の律令制度は唐の法体系を手本に作られたが、日本独自のものもあったと。それが、なんで廃れたのか… 。

*倭国から律令制というシステムが形成された時代、中央豪族や地方豪族の女性たちも大和の王宮へ出仕し、男性同様、天皇の政務と日常生活を支えていた
*後宮空間は、9世紀から。それまで、妃妃たちは内裏の外に住んでいた
*女官は、夫の有無は問われなかった
*氏を代表として出仕する制度になっていった
*大臣の妻が女官というのも珍しくなかった
*能力が評価される建前ではあったが、出自が最も優先された bearing
*定年はなく、80余歳で働いていた資料もある
*中国や朝鮮の王朝には宦官がいたが、日本では元々男女が共に働いていたので、必要としなかった。また、唐では、宦官(男性)が女官を監督していたが、日本では男女共労で、女官が男官を監督管理する仕組みも存在した。

『日本の「運命」について語ろう』

4月1日(水) cloud

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新田 次郎 著、幻冬舎 (2015/1/21)

夫から貸してもらった本。
大げさな題名に・・・引いたけど despair せっかくだから、読んでみた。
最初の方は知っていることばかりで、年度末の忙しさに一時中断。
今日、続きを読んだら、著者の博学さに 「なるほど~」 連発 shine

講演録を再構成して加筆・修正したもので、内容は、タイトルと合っていないと思う。以下、私が 「なるほど…」「へぇ~!」と思った箇所を、メモ。

◆明治大正時代
*1915年までの陸軍の常備兵力は、21個師団(1師団は、2~3万人規模)。第一次大戦後、軍縮が世界の潮流になり、日本では17師団、25万人(今の自衛隊の総数ほど)まで縮小。甲種合格でもくじ引きをして当たった人だけが入営していた。食事ができて読み書きを教えてくれるという理由で、貧しい農家の二男坊・三男坊は、くじに当たりたがった。

 *それが・・・第二次世界大戦末期には、本土決戦用の陸軍兵力は172個師団、250万人いた(陸軍総数500万人)。

*明治時代、警察官に採用されたのは士族。偉そうな態度、剣道で警察官が強いなど、それが後々まで影響する。

 *第二次世界大戦戦死者:日本は民間人も含めて300万人。ドイツは800万人、ソ連は2,660万人!

*優秀な榎本武揚が外交手をが発揮したのが、1875年の千島樺太交換条約。樺太は帝政ロシアの領土、千島列島は日本の領土とした。

◆中国大陸の近代史
*清は、満州族の国。最後の皇帝の姓「愛新覚羅」を見れば、明らか。満州語の発音に漢字を当てた。

*1616年、満州で騎馬民族の「清」が建国、瀋陽(奉天)を都としていた。1644年に万里の長城を超えて北京に入ってきた(漢民族を制圧)。文化的に優れている明王朝に敬意を払っていたのか、官吏も含めて殆どを踏襲し、辮髪だけを国民に強制した。チャイナドレスも、満州族の衣装(マンチュリアンドレス)。

*中国(漢民族)には襖や障子はなく、履物を脱いで家に入る習慣は、満州族や蒙古族にはるが、漢民族にはない。胡座もかけない。この点、欧米と近い。自動ドアは、引き戸式。だから、日本は世界一、自動ドアが多い。

*中国の皇帝は息子の中から後継を指名したから、心身共に丈夫で優秀な皇帝が続いた。狩猟民族・遊牧民族は、指導力と体力が必要だったから。

*それに対して、日本は長男相続。農耕民族にとては、強力なリーダシップは不要。田畑をめぐる相続の揉め事を避けることが大事。長子相続する地域もあり、伊能忠敬は、長子である長女の婿になって家業を伸ばした。

*日本が和の国なのは、土地が狭くて人口が過密であること、しかもよそ者がやってこない環境で、同じメンバーで2千年も稲作を中心にした農耕生活を続けてくれば、仲間うちの和を乱さない文化ができあがる。

*「かつて、横書き文字を右から書いていた」というのは、誤り。そもそも、中国語にも日本語にも横書きはない。一行一文字の縦書きを何行か書いている。

◆明治維新
*秀吉・家康が禁教令を出してキリシタンを弾圧したのは、安全保障上の国策だった。まずイエズス会の宣教師を派遣し、おびただしい情報を本国に送って植民地にするのが常套手段だったからだ。

 

*ペリー艦隊は、捕鯨船の護衛艦隊だった。産業革命で、鯨油を大量に必要としていた。

 

*最初に来たアメリカと「最恵国待遇(2番目以降の国は、最初の国の利益を削ぐような条約を結ばない。日本とヨーロッパのどこかの国がトラブルある時、アメリカ大統領が仲介する)」の通商条約を結んだ。なので、これ以降、留学はアメリカが最も多い。すぐ後でやってきたロシアと順番が違っていたら、その後の歴史も違っただろう。

 

*長州は上海の対岸に位置していいて、世界情勢に敏感だった。清の二の舞にならぬよう、尊皇攘夷の「攘夷」を「開国」に転換。留学生を送って西欧の科学・制度を学び、日本の独立を守ろうと考えた。松下村塾の世界認識や高杉晋作の上海見聞がその背景にある。 *明治政府は、医学はドイツ、交通はイギリス、社会制度・軍隊はフランスと、分野ごとに当時の先進国に留学生を送り込んだ。彼らは決死の覚悟で海を渡り、国を背負って学んだ。

 

*法という概念が人類社会に登場したのは案外新しく、それ以前には「礼」社会規範になっていた。✖「法に触れていないからやっていい」

◆参勤交代
*お殿様の正室と跡取りの息子は、江戸住まい。跡を継ぐと、領地に行く。これが「お国入り」。廃藩置県によって旧大名は東京住まいとなったが、東京育ちのお殿様には、これは抵抗がなかった。

*江戸の人口の半分は、武士とその妻子だった。江戸屋敷に常駐する家来、旗本、御家人。一方、大坂(大阪)は幕府の直轄地なので、には大名がいなかった。そこが東京と大阪の文化土壌の違い。

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