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『何を怖れる―フェミニズムを生きた女たち―』

11月12日(水) rain cloud

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岩波書店 (2014/10/16)
ドキュメンタリー映画を観た時、会場で購入した本。松井久子監督が編集したもの。
断片的な記憶が確認できるので、助かる。以下、ざっくりと読書メモ

◆まえがき
*タイトルについて:家庭のなかでも、社会のなかでも「いい子」であり続けた、またいい子であり続けようとしている普通の女たちは皆、誰とももめたくない、嫌われたくない、この私に何かを変える力などない…そんな心理はすべて、私たち自身のなかに巣くっている「怖れ」にあった。
*日本のフェミニズムはこの40年「ずっと不遇であり続けた」
*この国は、ますます経済優先主義とナショナリズムという男の価値観でぬり込められ、女たちの分断もひと昔前よりさらにあからさまになっている
*女の痛みや苦しみの原因が、社会の構造の問題にある

◆田中美津
*「ここにいる女」と「どこにもいない女」の相克は、私たち一人一人の問題として、いまでも普遍性をもっている。…官能は別の女に求め、妻は夫の母親代わり。そんな「どこにもいない女」として生きることを強制されてきた歴史に終止符を打ちたくてリブを始めた

◆滝石典子
*1975年、「自立の家」開設。DVから逃れてきた母子が逃げてきて、一緒に暮らした

◆上野千鶴子
*人と人との間に契約とか所有とかいう関係が入るのは、どうしても認められない。…決して誰にも所有されたくない。…とくに性的身体の自由は、女にとってものすごく大きなもの
*わたしが考えるフェミニズムは、弱者が弱者のままで尊重されることを求める
*人間は「壊れ物」…壊れ物は壊れ物として扱わなくてはならない
*東大のいいところは、学生に「分からないのか、君たち勉強しろ」と言えること。私学の教員は、自分の研究していることを教壇では話せない。私学の教員である間は、(給料のために)教育労働者に徹していた
*胎児と赤ん坊、障がいのある子ども、病人、介護…弱者と共にあるために、弱者に対する想像力を否応なく備えるようになるのが、女の経験の強み。高齢者という弱者となっても、男はこれができない
*東大生を見て思ったこと…親の評価主義の下で育ってきている。「できる子は可愛い、できないお前は私の子じゃない」-子どもはこれに健気に、自分をボロボロにしてまで応える。私は自分が親にならなかった代わりに、死ぬまで子どもの味方でいようと思っている

◆井上輝子
*バックラッシュのなかで、一番中心的に叩かれたのは、教育関係。産経新聞の影響が大きかった。歪曲したかたちで報道したことがきっかけになって、自治体の議会で問題にされて教師たちが処分され、現場を萎縮させた。…「ジェンダーフリー」という言葉が問題視されて、全国の自治体に波及、大学でも使いにくい雰囲気になった。その後、フェミニズムのうんえ王が非常にやりにくくなった

◆樋口恵子
*大学までは男女平等でそれなりに楽しかったが…就職で苦労した。…30代の女性社員が「ばばあ」と呼ばれていた
*結婚後、夫の転勤についていき、(家事に退屈することもなく)刺繍をしていたら、夫が「家事が得意なのはありがたいが、僕らは国民の税金で大学を出たんですよ。…今は社宅妻で何もできないかもしれないけれど、いつの日か自分より恵まれていない人の代弁もできるように、少し勉強しておいたら」-この一言で(亡くなった後も)夫を尊敬している。別に思想もないエンジニアだったが、苦労して勉強した戦後の青年は、こういうことを言った
*フェミニズムへのアレルギーがあるとしたら、それに代わる言葉はダイバーシティー。基本は、男女の平等、人種・障がいの有無を問わない同権、誰もが自分の力を発揮できること。個人の属性の違いがハンディにならない制度をつくっていく

◆加納美紀代
*銃後史研究で印象に残っていることは…女性たちは銃後活動によって家から開放され、一人の国民としてお国のために尽くすという生き甲斐を感じた…とくに国防婦人会は、10年間で会員が1千万人近くなり、活動も非常に活発だった。…具体的な活動は…出征の見送り、帰還や遺骨の出迎え、病院の見送り。でもそれは、結局は戦争遂行のため。結果的には見れば、…戦争に加担したと言える。…これは日本に限ったことではない
*戦争中、男性が前線に動員されると、女は職場や軍需工業に動員された。市川房枝も女性参政権もないまま、政府機関に登用された。が、戦後は復員兵士の失業対策で、女性を家庭に返した。男社会のご都合主義がよく分かる
*リブは近代批判の思想。生産性、効率追求を「男の論理」として否定した。…核とフェミニズムは共存できない

◆池田恵理子
*2001年12月の女性国際戦犯法廷をとりあげた「ETV2001」の番組は、大きく改ざんされて放送された。主催団体や被告人、判決内容、訴状の中身などの基本的な情報が抜け落ちて、加害証言もなかった。裁判を起こすと、放送直前に安倍晋三議員や中川昭一議員たちの介入があったという事実が明らかにされた(内部告発したプロデューサーは左遷)
*今のNHKは言論・表現の自由がない全体主義国家そのものに近い
*(番組取材をして)日本軍の慰安婦にされた女性たちに会ってきたなかで教えてもらったことは…持続する意思と諦めずに連帯を信じる心、そして、勇気

◆高里鈴代
*海外での米兵によるレイプ事件は、日本がいちばん多かった。日本のなかでも沖縄が最多。…米軍は国家公務員。海外に駐留している国家公務員がこのような犯罪をしていいのか

◆ 中西豊子
*軍隊は敵ばかりではなく、自国の国民に向かっても銃を向ける
*いちばん難しいのは、人と人のつながりをつくっていくこと。組織が広がると、顔が見えなくなり、顔が見えなくなると、意思疎通がうまくいかなくなる。

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