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容れ物としての体

12月2日(水) sun

『関係する女 所有する男』で 著者が紹介している 川上未映子のことば : 服は脱げても体は脱げない

強く共感してしまった flair

少女の頃、自分の意思と関わらず(有無を言わさず)妊娠機能が成長してきて「月のもの」がきて、それは 自分の意志で終わらせることができない。 また、子どもがお腹の中で育ってしまうという 摩訶不思議さ。 出産・授乳によって変化する自分の身体。 自分で自分の身体が好きじゃないということもあって、「あー、うっとうしい」と、時々、脱ぎたくなる。

精神・心・気持ちの「容れ物」として肉体を捉えるって、著者が言うように、女性に多いことなんだろうかね。

他に、明快に言い切ってもらって 納得がいった記述をメモしておく。

◆女性に哲学者が殆どいない理由として、「哲学は、言葉だけで閉じた世界を構築しようとする試みだ。これはきわめて男性的な使い方である」「女の言葉は常に相手を必要とする」「男は言葉からできるだけ情緒的なものを取り除こうとするが、女は言葉を情緒の伝達のために使う

◇男が会話するのは「情報伝達」が目的、だから結論を急ぐ。 女は「会話を楽しむ」のが目的。 答よりも「聞いてもらうこと」「話すこと」が大事なのだ。 こういう違いを 言葉で言えるって、楽 flair

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